仙台高等裁判所 平成4年(ラ)105号 決定 1992年10月21日
抗告人(破産者)
丙沢二郎
右代理人弁護士
草場裕之
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一本件抗告の趣旨及び理由は別紙抗告状記載のとおりである。
二当裁判所の判断
一件記録によれば、抗告人は、昭和六〇年四月古川市内で小口宅配業を始めたが、一年ほど経過した頃から車の修理代や燃料費がかさむようになり、車の割賦払や当時中学生の長男を頭とする三人の子供を含む一家五人の生活費も賄えなくなって、いわゆるサラ金業者から借金するようになったこと、そして、商工会議所の紹介で銀行や国民金融公庫からも運転資金を借り受けたが、そのうち借金の返済ができなくなり、サラ金業者の取り立ての厳しさもあって借金返済のためサラ金業者などからの借金を重ねるようになったこと、その結果平成三年一月末頃には抗告人の債務額が約七〇〇万円にも達し、前年の一二月から肝臓病を患っていて十分に働けない状況にあったこともあって、既に支払不能の状態となっており、同年二月頃には抗告人自身もそのことを認識するに至ったが、その後もサラ金業者に対しそのことを説明することなく、返済可能であると称し分割払の約束をしてサラ金業者数社から借金を重ね、更に長男が主債務者の自動車ローンの保証人になるなどして同年七月頃には抗告人の総債務額は約九二〇万円(債権者一六社)となるに至ったこと、なお、抗告人は平成三年五月から宅配業を止め運転手として勤務し一か月二〇万円ほどの収入を得ているが、生活費で精一杯であったこと、そこで抗告人は、同年七月二五日本件破産宣告の申立てを行い、同年一〇月三日午前一〇時その宣告を受けたこと、以上の事実が認められる。
右事実に照らすと、抗告人は、既に支払不能の状態となっていることを承知しながら、そのような状態にないように装って金銭の借入を行っていたものということができるから、破産法三六六条の九第二号に該当する事由があるといわざるを得ない。
抗告人は、サラ金業者は信用情報機関などを利用するなどして借入申込者の支払能力を調査すべきであって、申込者の申告のみを全面的に信用して貸付をするのは金融業者として重大な過失があるというべきであるから、本件のような消極的態度で相手方を誤信させたに過ぎない場合は破産法三六六条の九第二号に該当しないと主張するけれども、その主張の信用情報機関等が果たしてどの程度抗告人のような多重債務者の実態を把握しているか明らかでなく、それらを利用し調査しなかったからといって直ちに金融業者として重大な過失があるとするのは相当でないし、消極的態度で相手方を誤信させた場合を除外すべき理由は存しないというべきであるから、右主張は採用できない。
もっとも、破産者の行為が形式的には同条各号に該当する場合であっても、その事実が軽微である等特段の事由があるときは、裁判所はその裁量によりなお免責を許可することができると解せられる。
しかるところ、前認定のとおり詐術行為の態様自体は必ずしも消極的なものということはできないけれども、支払不能の状態に至ってからも多額の借金を重ねているのであって、その借金がやむを得ずになしたと認めるに足りる資料はなく、またその返済不能となった総債務額は極めて多額で、多数の債権者に多大な損害を与えていることを考慮すると、抗告人において一時期昼夜働いて返済に努めたとか、一部の金融業者側に貸付に当たって落度があったと評すべき事情が存するとしても、抗告人を裁量によって免責するのは相当でないというべきである。
三よって、原決定は相当であって、本件申立ては理由がないから主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官石川良雄 裁判官山口忍 裁判官佐々木寅男)
別紙抗告状
抗告の趣旨
一、原決定を取消す。
二、抗告人を免責する。
抗告の理由
一、本件は、破産法三六六条の九第二号に該当しない。
原決定は、本件免責申立事件について、破産法三六六条の九第二号に該当する事由が認められるとする。
しかし、破産法における免責制度は、「誠実なる破産者に対する特典として、破産手続において、破産財産から弁済できなかった債務につき特定のものを除いて、破産者の責任を免除するものであって、その制度の目的とするところは、破産終結後において破産債権をもって無限に責任の追求を認めるときは、破産者の経済的再起は甚だしく困難となり、ひいては生活の破綻さえ招くおそれさえないとはいえないので、誠実な破産者を更生させるために、その障害となる債権者の追求を遮断する必要が存するからである」(最判三六年一二月一三日)。
かかる免責制度の目的に鑑みるならば、法三六六条の九第二号にいう「詐術」とは、自己の支払不能状態の単なる不告知あるいは自己の既存債務も多少少なく申告するような場合を含まず、債権者をして自己の財産状態について積極的に誤信させるため術策を弄することを意味すると解すべきである。そして、その術策は、債権者が金融機関であるか否か等の事情を考慮の上決定されるべきである。
近時の消費者破産における多くの破産者は、支払不能状態になったときに直ちに借り入れを止めることはなく、何とか弁済したいと願いつつ借り入れを続けるものであるところ、消極的な不告知や自己の財産状態についての多少の過小申告が法三六六条の九第二号にいう「詐術」にあたるとすれば、誠実な破産者の救済という免責制度は殆ど機能しないことになる。
仙台地方裁判所をはじめとして、いわゆる消費者破産の事件処理の実務もサラ金の過剰貸付の現状を考慮し、余程極端な言動がなければ、免責を認めている。
本件破産者は、株式会社大成から借り入れを行う際、実際の額よりも過小ではあるが、既に債務を負担している旨を申告している。勤務先や収入源を偽った訳でもない。免責に対する異議申立書によっても、破産者は異議申立債権者に対して「現在の収入や借財からして月額二万円以内なら間違いなく支払えるのでそうして欲しい」と述べているだけで、具体的な負債額を申告したわけでもない。免責に対する異議申立書に述べられているような「言葉たくみに弁済能力を誤信させ」と言えるような行為ではない。むしろ、かかる申告をうけた以上、貸金業を営む大成としては、信用情報機関を利用するなど破産者の支払能力を調査すべきであった。今日のように多重債務が多発するなかで、単に借り入れ申込者の申告のみを全面的に信用して貸出を行うのは、金融業者としては、重大な過失があると言うべきである。さらに言うならば、債務者の支払能力について無関心に貸付けを行う貸金業者の存在が今日の多重債務の深刻な事態を招来した原因のひとつとなっているのである。
以上述べたように、本件破産者が大成に対して行った支払能力についての申告は積極的な術策を弄したとは言えないものであって、本件免責申立事件には法三六六条の九第二号に該当する事由は存在しない。(大阪高裁昭和五八年一〇月三日決定参照)
二、仮に、本件免責申立事件において、法三六六条の九第二号に該当する事由が存在するとしても、本件は裁量による免責許可決定が相当である。
法三六六条の九に該当する事由が存する場合であっても、同条所定の不許可事由の内容が軽微で債権者に与えた実害が小さいなどの事情があるときには、裁判所が免責許可決定をすることができることは確定した判例である。
ところで、本件破産者は、前項で述べたとおり、借り入れに際して多少自己の支払能力について結果的には過小申告しているが、積極的な術策を弄したわけではない。金融業者がその利用可能な信用情報機関も利用せず安易に貸付したことを合せて考えるならば、破産者の行為が形式的に法三六六条の九第二号に該当するとしても、その加害行為の違法性は軽微であるというべきである。
また、破産者及びその家族の生活を見るに、朝早くから夜遅く迄夫婦とも仕事をし、長男も高校卒業後ただちに就職し、一家五人ぎりぎりの生活をしている。破産者自身弁護士費用も分割で支払っており、破産者の妻も破産者の保証人として多額の債務を負担し破産申立をすべきところ破産費用の調達さえままならず申立手続を出来ないでいるような状態である。破産者はかかる状態の中で人生の再出発をするため已むなく自己破産の手続きに及んだのである。
以上の様な事情を考えるならば誠実な破産者を救済するという免責制度の目的からみて免責許可決定がなされるべきである。
三、さらに付言するならば、本件のようなケースは、他の裁判所においてはほとんど例外なく免責が認められており、免責不許可とした原決定は著しい法適用の不平等をもたらしている。